焦燥感。
何故こんなに心が騒ぐのか。
気が付けばがいなくなっていた。はぐれてしまったのかと思ったが、いくらでもそこまでバカじゃないだろう。
無理矢理連れてきてしまったようなものだから、居心地悪くて逃げたに決まってる。
実にらしい。さすがのでもすっかり馴染んだこの町だ、迷子になったりしないだろう。
だからこのまま放っておいても大丈夫な筈だ、心配することなんてない。
だけどどうしてだろう、酷く胸騒ぎがする。
賑やかな周囲に対して急速に冷えていく自分の心に微かに戸惑いながら
ああ、俺も過保護だな。
胸騒ぎは止むことなく、増すばかり。

気になるのは













programma2-4 cambiamento - 急変 -












?!」
間違いなく彼なのに、疑問系で思わず問うてしまったのは後ろめたさからか。

気まずい、いや気まずいなんていうものではない。
今すぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に駆られるが理性がなんとか本能より勝って、行動を起こさずにすんだ。
否、本能も今のには敵かもしれない。今逃げたら確実に後が恐ろしいと知っているからだ。
「………」
「………」
何時の間にやらの直ぐ近くまで来た少年はの名前を呼んだ後、すっかり黙り込んでしまった。
元からあまり喋るわけでもないといると、お互い何も話さずに沈黙が続くことなんてめずらしくない。
それが自然で心地よいと思っていた。
だけど、今は違う。沈黙が重い。
この静けさは居心地が悪いと、そう思う時は大抵
(機嫌が悪いな……)
普段感情を表すことのないせいか、という人間を良くしらない者であればきっと気付く事がないだろう。
そんな些細な変化に気付かないほど鈍感な人間でもなく、
気が付くと一緒にいることが多いせいか、悲しいくらいににはわかるのだ。
今のは機嫌が悪い。
そして原因は、間違いなく自分であることが酷く恐ろしい。
こうなる事がわかっていながらも行動を起こしてしまった、
数時間前の自分を恨むが、そうしたところで今の状況が良くなるわけでもなく。
あの時の自分はまさかがここまで機嫌が悪くなるなんて考えもしなかった。
現在も驚いていて。わかっていたなら早まらなかっただろう、いやそれはどうかわからないけど。
それにしても
彼は何に対してこんなにも怒っているの?訪ねてみようか。沈黙がいい加減耐えられないのだ。
「随分早かったんだね。てっきりまだ皆と一緒にいるものだと」
「途中で抜けてきた」
「そ、そうなんだ」
どうして、と聞くのは愚問だろう。
「皆と一緒にいなくていいの?戻った方がいいんじゃないか、なぁ」
と違ってちゃんと断って抜けてきたから心配いらない」
「うっ」
それ言われると身も蓋もない。
「…………。」
「…………。」

だめだ…会話が続かない。
あーーーー!!もう嫌だっ!!叫びたい衝動に駆られるもそれを実行する勇気が足りない。
しょうがないから心のなかで存分に叫ぶ。ああ、気まずい。

「ついさっき」
再び訪れた沈黙を破ったのはだった。ため息を吐いて
「裏道で物騒な事件があったから、いつの間にかふらっと居なくなった誰かさんの事が心配で探しにきたんだけど」
「心配?」
「だけどいらない心配だったみたいだね。ようやく見つけてみれば、人の気も知らないでへらへらしてるし」
「別にへらへらしてないじゃん。冷や冷やはしたけど。
それに仮にも私だって騎士団の従業員だよ?そこらのちんぴらなんか返り討ちにしてやるわ!」
「そういう傲りが最悪の結果を生むんだよばか。大体訓練なんて受けたことないくせに。
俺なんかひと捻りだね」
呆れたようなの声が暗闇に響く。そのままもう一度ため息をついて、近くに腰掛ける音がした。
ああもう本当に疲れた、俺はもう今日は駄目だ、言葉のプレッシャーをじわじわと与えながら
こちらをちらりとも見ようともしない。ちょっと手を動かせば触れてしまいそうな距離が気まずかった。

「どうして抜け出したの?」
来た、本題!とばかりに身構えるに構うことなく、答えを求めてこちらを向くのが気配でわかった。
暗闇でどんな表情をしているのかがわからないのがせめてもの救いだがそれ以前に怖くての方を向けない。
「すみませんでした」
ここは潔く謝るに限る。
「ちょっと私があそこにいるのが場違いな気がしてつい」
「場違い?」
「誘ってくれたのは嬉しかったよ。
でも、場違いっていうか、別に騎士団員ってわけじゃないのに達と一緒にいる自分がおかしくって。
今日は達が主役なのに、あそこに私なんかが混ざってていいのかな、とか思ったりして。
スノウだって私のこと迷惑がってただろうし。」
これは卑屈な考えだってわかってる。だけど一度口にしたら止まらなかった。
本当は、皆の姿を見ているのが辛かった、なんて言えるわけもなく
「思うんだ。変わらないものなんてないんだなぁって」
この気持ちはずっと前から知っている気がした。
ずっと心の奥で燻っていて、時々表に出てきては苦しくてしょうがない。
そっと胸の辺りを抑えると、いつもよりも少し速い速度で鼓動を感じた。
どんな著名な絵画だって建物だっていつかは色あせていくように時が経てば変化は訪れる。
変わらないものがあったらそれは異端なんだ。
だけど今、その変わっていくことを淋しい、と思っている。
変わっていくことを
「ちょっと達が羨ましかった」
妬む気持ちが少しでもあった事が恥ずかしくもあった。俯くと波の音が良く聞こえる。
「何それ」
今まで口を挟まずに聞いていたが、不機嫌そうな声を発するのをきっかけに、は我に返り、初めて自分の失態に気付いた。
潔さどころかいらない事まで喋ってしまったかもしれないと血の気が引く。
「まるでが部外者だとでも思っているような言い方に聞こえるけど、
俺はそんな事一度も思ったことない。
少なくともこうして訓練生を卒業出来たのは、毎日が激励してくれていたおかげでもあるよ。
から元気を貰っていたから頑張って来れた、と思っているのはケネス達も一緒の筈だけど。
それともは俺達のことを真剣に応援してなかったの?」
「まさか、そんなわけないよ!毎日頑張ってる皆を見てて、今日という日が来るのがどんなに嬉しかったことか!」
首を痛めるんじゃないかというほど、勢い良く振って否定するを見たは、少し声のトーンを緩め、
「ならが引け目を感じる必要ないじゃないか。俺達は仲間だと思っているから、今日誘ったんだ」
仲間、という言葉にどきりとした。
が何に引け目を感じているかわからないけど」
どきどきと鳴り出した鼓動が止まない。まるで狂った秒針のようだ、と思う。
だって変わったんじゃないの?」
暗くての表情やましてや瞳の色なんてわかる筈ないのに、
何故だか、あの蒼い瞳に何もかも見透かされているような気分になって無意識に左手を押さえ、ぎゅ、と握った。
その左手にはこの間、こっそり紋章屋で宿して貰ったばかりの紋章が刻まれている。
自分に紋章なんて扱えるかわからないけど、少しでも慰み程度でも力になるのなら。
これから一人で歩んで行くために。
これは決意の証でもあり、戒めでもあった。
それを今、に見られたくないと思った。
だから咄嗟に隠すような行動を取ってしまったのだ。例え、この暗闇の中で目に留まる事がないとわかっていても。
「料理が上手くなったとか?」
「……………敢えてここではそれを否定しないで置くよ。」
その沈黙はなんだ。しかも
「どういう意味?じゃあ、可愛くなったとか?」
「………………………………。
それは自身が一番わかっていることだと思うけど。」
さっきより長い沈黙はなんだ。しかもしかも
「今の発言なし」
そんな質問した自分が惨めな気持ちになったのはどういうことか!
は、前からかわいい、かわいい、よ」
「取って付けたように!!しかも笑うなーー!!」
直ぐ横で肩を震わせるを睨みながら、いつの間にか止まっていた鼓動にほっとした。
今のそれは正常だ。問題ない。
ってこんなに笑い上戸だったっけ、
と思うほど発作のように肩を震わす少年がひとしきり笑い終わるまでは自分の容姿について悩むはめになるのだった。









が逃げてから、暫くして人さらいの件があって、急に襲ってきた不安。
こういった祝い事の華々しい賑わいの陰で必ずと言っていいほど蔓延る犯罪。
もしかしたら はそんな騒動に巻き込まれているのではないか。そう思うといてもたってもいられず、探し回っていた。
の行きそうな所を町中探し回って、もしやと思って向かった海岸に、少女はいた。
ぼんやりと立ち尽くすを見て、ほっとすると同時に何故か怒りがこみ上げてきた。
それは見つけたら、叱ってやろう、と思っていたのと別のものだった。
本当は少し気付いていた。
を誘ったときに。あまり乗り気ではなかった事を。
だけどそれでも強引に誘ったのは。

気になるのは

最近、遠くを見ていることが多くなったこと。
それはここではない何処かを。

そんなを見ていると胸騒ぎがする。
このまま何処か遠くへ行ってしまうような気がしたから。
ふいに「変わらないものなんてない」、という言葉を思いだした。

「流石に寒くなってきたな、そろそろ帰ろう。」
そう言って立ち上がる横でがのろのろと立ち上がって砂を払っている。
いつの間にか町の方も静かになっていた。お祭り騒ぎも幕を引いたのだろう。
「いっておくけど、庇うつもりはないから。」
「え?」
不思議そうに首を傾げる。やっぱり気付いていない。
「皆心配してたんだ。特にポーラとジュエルがお待ちかねだと思うけど」
その一言では息を飲むのがわかった。あの二人の説教はでも遠慮したいものなのだ。
急に歩くペースが遅くなった少女を引っ張るようにして帰路につく少年の後ろで変わらず穏やかな波の音だけが響いていた。





                                                            2006.6.1
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